弁論は本当の勉強である

出会いや命の大切さ訴え/川崎市内定時制高校生弁論大会 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080828-00000009-cbn-soci
「平成二十年度川崎市内高等学校定時制生徒弁論大会」が十日、市教育文化会館(川崎区)で開かれ、市立橘高校三年の高橋翠さん(演題・祖父から学んだこと)が優勝杯を手にした。会場には生徒ら約五百人が集まり、弁士の熱弁に耳を傾けた。  演台に立ったのは県・市立七定時制高校代表の計十四人。五分間の持ち時間の中で、自らの体験を披露しながら、人との出会いやコミュニケーションの大切さ、夢の創造と実現への努力、一生懸命に挑戦し、真摯に生きること、そして命を大事にすることなど、それぞれのテーマで表現技術などを競った。
[引用元:Yahoo[カナロコ]]

弁論大会なるものには一度も出たことがない。理由は、全く興味がなかったから。というより、周りにそのような環境もなかったというのも1つの理由かもしれない。しかし、弁論大会は、学力向上にはとても良いものだと思う。

自分の主張を相手に納得させるためには、自分が伝えようとしていることをかなり深い所まで理解をしていなくてはいけない。また、自分のためだけに学習をするのではモチベーションも落ちて来るものだが、相手を納得させるという目標があることでそのテーマについての学習のモチベーションも継続される。

そして、情報をアウトプットすることで、今まで自分でも気付かなかったことに気付くことも多い。アウトプットが同時に自分への新たなるフィードバックとして返って来るのである。私は学生の頃、勉強と言えば教科書や参考書に向かってガリガリと行うものという認識だったが、現在、それは片手落ちのような気がしてならない。

自分一人がいくら高度な知識を得たとしても、その知識は広めることなしには社会は良くならないんだ。得た知識なり情報なりを社会に広めた時に、社会の役に立ち得るものになって行く。

弁論大会は自分の学習理解を深め、情報伝達の能力を開発する。本当の勉強とは弁論大会のようなものではないかと思うんだ。 弁論文の書き方

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